映画俳優・小林旭の伝説的武勇伝 現在は日本ゴルフ指導者協会副総裁

伝説的な映画俳優を思い浮かべてくださいと聞かれたとすると、多くの人が“小林旭”の名前を挙げるでしょう。

フジテレビ『ダウンタウンなう』で、浜田雅功さんが「世界で一番怖い人は?」と滝沢カレンさんに聞かれた際も、小林旭さんの名前をボソッとつぶやき、「最後の映画スターですよね。ほんまにそうやと思います。」と、畏敬の念を表されていました。

昭和を代表する大スター小林旭。

今回は、そんな小林旭さんの数々の武勇伝をご紹介します。

 

小林旭さんのプロフィール

引用:https://plaza.rakuten.co.jp/aduke/diary/201606090000/

  • 名前:小林旭(本名同じ)
  • 生年月日:1938年11月3日
  • 年齢:79歳
  • 血液型:AB型
  • 出身地:当時東京府東京市
  • 身長:180cm
  • 職業:俳優、歌手

 

小林旭さんは、第3期日活ニューフェイスに合格&入社されました。

日活は、かつて東宝・東映・松竹と肩を並べるほどの映画配給会社であり、日本最古の歴史を誇ります。

1956年に、映画『飢える魂』でデビューし、映画「渡り鳥」シリーズや「旋風痔」シリーズで、日活の黄金時代を築かれています。

また、歌手活動では、1958年に「女を忘れろ」デビュー。

映画の主題歌や挿入歌を歌い、大ヒット。

現在では、FOS(職業技能振興会)ゴルフ指導者マスターライセンスを取得され、日本ゴルフ指導者協会副総裁に就任されているようです。

 

小林旭さんの伝説的武勇伝

ダウンタウンの浜田さんが唯一「怖い」と思う人物が小林旭さんです。

身長180cm・体重98kgという体格の良さに合わせて、映画での演技やヤクザとの関わりで培ってきた“怖さ”があります。

雑誌や他の芸能人との会話でも、ヤクザとの繋がりを包み隠さず話すどころか、逆にヤクザと関わることの信念を見せておられます。

高級クラブで知らないヤクザから、「ファンです。」と挨拶されたこともあるようで、まさに豪傑俳優。

そんな、小林旭さんの数々の武勇伝をご紹介します。

 

銃刀法違反疑惑

小林旭さんは、2017年10月5日放送のフジテレビ「バイキング」に出演した際、過去の映画撮影で本物の銃を使用したことを明かしています。

「散弾銃なんてのは、5号だとか7号だとかって撃つのは当たり前だった」と語られ、結果として、銃刀法違反の容疑で警視庁で取り調べを受けたようです。

もちろん出演者の方は驚いておられましたが、堂々と銃刀法違反を語る姿は圧巻です。

 

15億円の負債を返しきる

小林旭さんは、ゴルフが本当にお好きなようで、過去にゴルフ場の経営に乗り出されました。

最初に群馬県吉井町で90万平方メートルの土地を買収しようとしたのですが、予定地から古墳が見つかったことで、県からの許可が下りない事態に。

次に水戸のゴルフ場建設に乗り出し、用地買収や営業許可はクリアしたのですが、始めの吉井町での失敗により、資金が底をついています。

他にもドラマ制作などでも失敗し、15億円の負債を抱えられました。

しかし、シングル「昔の名前で出ています」が人気になったことで、地方のキャバレーなどを周り、5,6年で完済したようです。

さすが、豪傑俳優と言いたいのですが、小林さんの借金伝説はまだ続きます。

 

51億円の負債を返しきる

小林旭さんは、事業を展開するのもお好きだったようで、不動産業やホテル事業を始められました。

結局は前回と同様に失敗して、1991年には51億円もの借金を抱えています。

ですが、紅白歌合戦に出場したことで、地方公演のギャラが1000万円以上に。

12年ほどで、ほとんど返し終えたようです。

映画スターという背景もあって、世間に小林旭ブームが巻き起こり、精力的に巡業をこなすことで、借金を返済されました。

負債を負っても豪邸の自宅や特注のロールスロイスを手放すこともなかったので、小林さんご自身に強い自信があったのでしょう。

 

スタントマンを使わない

ある映画の撮影で、代役のスタントマンが怪我をしました。

そのシーンは、小林旭さんが崖から飛び降りるシーンで、代わりに飛び降りたスタントマンが大怪我を負ってしまったようです。

小林さんが病院に見舞いに行くと、そのスタントマンの病室から「痛てぇ痛てぇ」とのうめき声が。

それ以降、小林さんは代役のスタントマンを使わずに、自分でアクションをやられています。

スタントマンの準備をしていても、自分でやりたいと申し出られたようで、自身の体を張る役者でした。

 

山口組・田岡組長との関係

引用:Twitter

小林旭さんは、一時期、美空ひばりさんとお付き合いされていました。

出会った当初、美空さんの熱烈なラブコールが続き、1961年の暮れに黒塗りの高級車が小林さんの自宅前に止まります。

そこから出てきたのは、山口組の田岡一雄組長。

田岡組長は、「お嬢(美空ひばり)がアンタにほれてると言うとんや。天下のひばりに惚れられて、これは男冥利に尽きるやないか」と小林さんに言い、強引に2人の結婚を決めました。

結局は、美空ひばりさんの親御さんから頼まれ、田岡組長がまたもや強引に離婚させるのですが、小林旭さんは、田岡組長からカフスボタンをプレゼントされるくらいの関係性でした。

 

ヤクザとゴルフ

ノンフィクション作家の金子達仁さんが、『不器用なもんで。』という小林旭さんの人生を描いた本を発表されています。

その発売記念の際、書評家の吉田豪さんが小林さんに取材しました。

その取材で完成した記事の見出しがこちら。

「オレがヤクザとゴルフしたからって、誰が困るってんだよ」

引用:https://miyearnzzlabo.com/archives/21721

 

小林旭さんは、2008年に後藤組の後藤忠政組長のゴルフコンペに参加したことを報道されています。

結果的に、コンサートのスポンサーが降りたりしたことから、6億円近い損失が発生しました。

そのことに対して、「ダメージなんか受けるか、そんなもん!」「和気あいあいと仲良くゴルフして、ケラケラ笑って遊んでいただけ」と話され、あまり気にされていないようでした。

興行の世界では、ヤクザと芸能界の繋がりが強かったため、なんでもかんでも暴排条例でゼロにする必要はないという考えをしっかり主張されています。

 

ヤクザから「ファンです」

小林旭さんらが任侠映画のロケで新潟に滞在されていました。

その時、高級クラブで楽しんでおられたのですが、そこに本物のヤクザが登場したようです。

同じ映画に出演していた坂上忍さんは、その場で下っ端のヤクザにずっと睨まれていたそうですが、トップのヤクザが小林旭さんのところへ。

「ご挨拶に来ました。」

「ファンです。」

と小林さんに話しかけました。

本物のヤクザをもファンにさせる小林旭さんは、ほんとうに男気溢れる俳優です。

 

豪傑俳優・小林旭さんの武勇伝まとめ

今回は、小林旭さんの伝説的武勇伝をご紹介しました。

銃刀法違反疑惑や大きな額の負債、体を張ったアクションやヤクザとの繋がりなど、一般的な常識を超えてしまっている部分があります。

役者としても歌手としても、大変な活躍をされた方ですが、2011年より「夢グループ」に移籍しており、現在もコンサートに出演され続けているとのこと。

昭和の大スターは、今でも芸能界で活躍されています。

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